ベトナム人とスムーズに仕事をする10か条 三菱商事株式会社 業務部 アジア大洋州チーム 佐 橋 拓 哉

はじめに

 1994年、商事会社の語学研修者としてハノイ総合大学に留学したことを契機に、この10年間一貫してベトナムの実務に携わってきた。第一次ベトナムブームからアジア通貨危機後の停滞、そしてここ数年の第二次ベトナムブームの萌芽と、ベトナムへの期待が乱高下した10年だった。著者は幸いにして、この10年のうち6年間をハノイに滞在し、延べ1万人に近いベトナム人と交流してきたので、実体験に基づく「ベトナム人とスムーズに仕事をする10か条」をご紹介させて頂く。

有望事業展開先の推移:今後3年程度

ベトナム(ハノイ、ホーチミン)とアジア主要都市の投資関連コスト比較

ベトナムとASEAN 5 の主要経済指標比較

T.ベトナム人とスムーズに仕事をする10か条

1.ベトナム人は若い

 国民性に踏み入る前に、ベトナムの人口と平均年齢を確認する。2003年のベトナムの人口は8,131万人でASEANではインドネシアに続いて第2位、世界で見ても13位にランクされる人口大国である。また、ベトナム戦争の戦後世代(1975年〜)、つまり30歳未満の人口が国民の6割を占める若い国である。ベトナムの中心年齢は24.9歳と、日本より17歳以上も若く(同42.3歳)、あの中国よりも7歳若い(同31.8歳)。因みに筆者は今年35歳で、日本では若造と見られるが、ベトナムに行けば上位40%に入りすっかりオジサン扱いであることからも、ベトナムの若さが見て取れる。若齢比率の高さは外資企業に取り生産人口および消費者として魅力的であり、ベトナムが坂の上の雲を目指し疾走を続ける最大の原動力となっている。

2.4Kの国民性

 ベトナム人の国民性は4つのKで示される。器用であること、向学心旺盛であること、近視眼、ついでにカカア天下である。

@ 器用

 ベトナム人の手先の器用さは、縫製品や着物の手縫いなどで、不良品率が1%未満と極めて低いことが知られている。ものづくりの分野でも、自動車メーカーが全世界の現地社員を対象にした技術コンテストを開くと、必ず上位にベトナム人従業員が入るとの事である。また、ベトナム人は記憶力に優れており、OA・精密機器メーカーの流れ作業でも、一人で担当する部品数が周辺国に較べ多いのが特徴である。

A 向学心旺盛

 儒教の影響が強いため、ベトナム人は教育熱心で新しい知識を貪欲に吸収する。老いも若きも習い事が大好きで、学校や仕事が終ると英語やOAを学びにいそいそと通う。この10年で都市部では驚くほど英語が通じるようになり、観光客の多い土産物屋では日本語や中国語でもコミュニケーションが取れるようになってきた。

B 近視眼

 端的に言うと、ベトナム人の金銭感覚は「明日の100万円より今日の100円」である。約30年にわたり戦争を続け、今日を生きるか死ぬかの生活を続けた負の遺産かもしれないが、中長期的な投資の話をしてもピンと来ないけれど、期近な現金商売の話をすると熱心に身を乗り出す傾向が強い。身近な例では外国人が青空市場に行って何か商品を買おうとすると、思いっきり吹っかけられる。2〜3倍は当たり前で酷いときには10倍にもなり、客が逃げてしまっても市場の売り子は一向に気にしない。これは青空市場に限らず、官公庁や国営企業の一部に依然として蔓延っている。元来、頭の回転の速い人達なので少し頭をひねれば、「損して得取れ」の精神で最初はあまり儲からなくても、常連になって貰うことで中長期的に儲ける仕組みを考えつきそうなものだが、ベトナム人はついつい近視眼で物事を捉えてしまう傾向がある。改善していただきたいものである。

C カカア天下

 ベトナム社会を理解する上で大切なキーワードがカカア天下である。相次ぐ戦争で男手を戦場に取られ女性が銃後を守った歴史の賜物だろうが、ベトナム女性は強く男性はこぞって恐妻家である。ベトナムはアジアでも有数の美人の産地だが、美しいバラには棘があるように、笑顔の下にはすさまじい嫉妬心が隠されている。「ベトナムには辛くない唐辛子はない、旦那に嫉妬しない妻はいない」という諺がある位で、旦那の浮気が発覚した際の妻の怒り心頭ぶりは凄まじく、定期的に阿部定事件が発生し地元紙の社会面を賑わせる、といった具合である。

3.血縁・地縁に勝るもの無し

 ベトナム社会に視点を広げた際に重要なのが、ベトナムはコネ社会という点である。大学入学、留学や就職、昇進などあらゆる場面で、コネを持っている人が得をする仕組みになっている。コネは家族・親族などの血縁か、有力者と同じ地方の出身と言う地縁が有力である。このコネを以って尊しと為すという精神を、ベトナムでは「白より赤」と呼ぶ。白は能力、赤はコネである。特にベトナム戦争中は同じ民族で北と南に分かれて戦ったため、優秀な他人よりも自分を裏切らない身内という考えが社会の隅々にまで浸透した。省庁や国営企業で若齢ながら責任ある役職に就いている人材は、殆どが血縁か地縁を活用している。ただし、世の中コネにありつけない人の方が多い訳であり、一流大学を優秀な成績で卒業してもコネがないために、省庁や国営企業の就職を諦め外国企業に職を求める学生も多いので、日系企業にとっても悪いことばかりではない。また、コネを有する現地社員を雇用すれば、官庁とのアポイントの取得や情報収集でも威力を発揮するので、要はコネは使いようである。

4.学校教育と社内教育

 新卒社員であれば、企業側は社内教育で基礎から鍛える必要があり、研修内容は挨拶、時間の概念、電話の応対、文書作成と多岐にわたる。従業員に指導する際のポイントは、理由付けを明らかにすることである。ベトナム人は良く言えば理論的、悪く言えば理屈っぽい国民なので、頭ごなしにやれと言っても成果は上がらない。それよりもこのプロセスを改善すると、こんなに結果が違ってくると懇々と説明すると、従業員も自分の頭で考えながら作業を進めるようになり、効率が上がること請け合いである。

5.経営者・管理職としての接し方

@ マネジメントの要諦

 経営者あるいは管理職としてベトナム人と接する際、マネジメントの要諦は「2人に対し、3人分の仕事を与える」ことである。ベトナム人は勤勉で逆境に強い民族なので、キャパシティーを超える仕事を与えても従業員同士協力し合って難局を打開しようとする。反対に、3人に対して2人分の仕事を与えると、たちまち1人はにわか管理職になり他の2人に仕事を押し付けようとし、残された2人もお互いに相手が仕事をするだろうと他力本願に走るので、結果として2人分の仕事も完遂できなくなる。日本人とベトナム人が1対1で競い合うと負けるかもしれないが、3対3になると日本のチームワークが勝り、10対10になるとベトナム側は内部分裂を来すので日本に取っては与し易くなる。経営の立場では分割して統治し、少数精鋭を育成することがカギとなる。

A 動機付け

 従業員のモチベーションを継続するムチとなるのが、社内コンテストである。コンテストの対象は何でも構わない(例:誰が一番数多くの改善提案を出したか、誰の机が一番整理整頓されているかなど)。テーマを与えてゲーム感覚で競わせると、従業員も競争意識が芽生え志気を高めることができる。そして、アメとなるのが海外出張である。海外旅行が身近になったとはいえ、実際に海外に足を運んだベトナム人の比率はまだまだ少ない。出張でシンガポールやタイに行かせるだけでも、予想以上に刺激を受けて帰ってくる。ましてや入国ビザの取得が容易でない日本は憧れのジパングである。実績を上げた現地社員を出張や研修で日本に派遣させるのは相当なニンジンになる。

B 昇進

 昇進に際して留意すべきポイントは、金銭面での厚遇に加えて業務上の権限もある程度委譲することである。ただ給料が上がり仕事が増えるだけでは、モチベーションの持続に限界があるし、優秀な現地社員ほど将来に不安を覚え転職してしまう。元手が要らず始められる権限委譲は、部下の勤務評価の考課権である。考課といっても先ずは一次考課から始めれば、二次考課を日本人が行うことにより統制は利くし、当のベトナム人にとっても考課権を盾に、配下の現地社員に睨みを利かせられるので面子は保たれる。

6.時間軸の違い

 ベトナム人、特に政府関係者や国営企業関係者との交渉は「無制限一本勝負」となる。技術や資本を持たないベトナム側が手にしている交渉のカードは、規制と有り余る時間である。ベトナム人は交渉の席ではやたらと時間をかけ、外資側をじらし譲歩を迫るといった戦術を取ることが多いが、これに根負けしないことが重要である。日本では経営の時間軸がどんどん短くなっているので、現場の駐在員はベトナムと日本の板挟みになりいらいらさせられることも多い。ルックスが似ており、仏教や儒教などの共通の文化基盤を有するが、日本人とベトナム人では思考論理が異なり、特に時は金なりという認識が欠如している(スピード感が無い)。時間軸の概念が違うベトナムでのビジネスは毎日がハラハラドキドキである。

7.ベトナム流交渉術

@ 交渉前:ネゴ代を確保する

 さて、無制限一本勝負に臨むに当たって、大切なのは予めネゴ代を確保しておく事である。今日は用件だけ伺って本社と相談してから後日回答します、という態度を繰り返すと、ベトナム側から権限の無いメッセンジャー・ボーイと見下される。「ここまではYesあるいはNo。ここから先は本社に確認の上、追って回答する」など線引きを意識しながら発言する必要がある。また、いったんコミットしたからには、実行に移すことが肝要である。空約束で終わることなく一歩でも二歩でも前進させる努力を示すと、ベトナム側からも一定の評価が得られるようになる。

A 交渉中:立合いとダメモトに留意する

 先方と当方の要求を足して2で割るのが妥協の公式だが、ベトナム側は一方的なゼロ回答を寄越す場合が多い。交渉が佳境に入る前に安易に手持ちのカード(ネゴ代)を切ってしまうと、体よく自分の主張が割譲されて、先方から何の妥協も得られないまま押し切られるケースが多いので、立合いが肝心となる。また、ゼロ回答以上に頻発されるのがダメモトである。ベトナム人には交渉の主導権を確保するため、「ダメでもともと」位の軽いノリで、無理難題をぶつけ外資側の要求を削り落とすといった荒っぽいネゴを仕掛けてくる。例えば、納期を1/3に短縮するよう声高に主張し、こちらが対応できないと、もっと値引きしろといった具合である。ベトナム人は少しでも値引くために納期や製品保証でダメモトを連発してくるが、先方も無理を承知で発言している場合が多く、理由をつけて断るとあっさり矛先を納めることがある。交渉中は五感を鋭敏にして、ダメモトかどうかの選別を行うことが成否の分かれ目となる。

B 交渉後:書面での確認

 交渉後は書面での確認を怠らないよう留意する。官僚国家ベトナムでは口頭の約束事は拘束力が無いが、一旦、書面に署名すると遵守する傾向が強い。交渉と獲得した条件が契約書の内容に反映されているか気を緩めることなくチェックする。また、特に支払いに際しては、送金手続きを取ったという客先の口頭での説明に満足することなく、銀行に対する送金指示書やL/C(信用状)のコピーの提出を要求し、進捗状況のエビデンスを都度書面で取り付けておくと、先方も真剣に取り組むようになる。

8.宴席でのマナー

 ベトナム人とのお付き合いを深めるには、仕事に加えて宴会が欠かせない。宴席でのマナーを3点ご紹介する。

@ 乾杯

 乾杯に相当するベトナム語は「チュック・スックホェ(健康を祝して)」である。中国式に必ずしも飲み干す必要はないし、マイペースでお酒を飲んでも失礼に当らない。ただし、「モッチャム・ファンチャム(100%)」と提起された際は、これは一気飲みを意味するので、飲み干した後にグラスの底を見せ合うのがマナーである。ベトナムで最も飲まれているアルコールはビールであり、ルアモイというコメ焼酎もあるが、韓国のようなバクダン酒(ビールと焼酎やウィスキーのミックス)を汲み交わす風習はない。宴席は和気藹々が基本線で、誰かが意識を失うまで乾杯が続くといった修羅場と化することは少ない。

A 宴席で場持ちする話題

 先ずはサッカー。サッカーはベトナムで一番人気のあるスポーツで、深夜にもかかわらずヨーロッパのサッカー番組を放映するカフェやビアホールは男性客でごった返している。ベトナム人は海外で活躍する日本人サッカー選手もよく知っているので、中田選手や小野選手をオードブルに場を盛り上げる。

 次に恐妻家も格好のネタとなる。先述の通り、ベトナムはカカア天下の社会なので男性は揃いも揃って恐妻家である。日本人は優しい日本人の妻がいて羨ましい位に思われているので、「実は私も妻が怖いんです」とほのめかすと、我も我もということで距離感が一気に縮まること請け合いである。

 そして、宴席が盛り上がればカラオケである。カラオケは今やベトナム最大の娯楽産業であり、都会から田舎に到るまで浸透しているので、ほろ酔い気分で一緒に放吟すれば信頼関係もぐっと深まる。日本の歌謡曲では演歌よりもテレサテンなど比較的しっとりしたメロディーが好まれるので、レパートリーを今一度ご確認されることをお勧めしたい。

B 宴席の時間設定

 ベトナム人を夕食に誘うときは早目のスタートを心掛ける。日本の感覚で午後7時から始めようと提案しても、太宗のベトナム人は午後5時前には仕事を終えているので手持ち無沙汰である。それにいったん、帰宅してしまうと今度は奥様から浮気の嫌疑をかけられるのが恐ろしく、外出が差し控えられてしまう。むしろ5時半位から始めて早目に解散する方が、ベトナム男性にはくつろげるのである。

9.ベトナム人の信頼を勝ち得るには?

@ 心で泣いても笑顔を忘れない

 怒りをストレートに表現することは、ベトナムでははしたない行為と見られる。ベトナム人は交渉の席では冷静沈着を良しとしており、声を荒げたりすることは先ずない。無理難題を次々に要求され、怒り心頭に達すると益々相手の思うツボである。心で泣いても、頬の筋肉がひきつっても微笑をたたえることが達人への第一歩である。

A メンツを重んじ、相手に花を持たせる

 喧々諤々の議論を経て、交渉が纏まった暁にはベトナム側の交渉団長に「貴方のお陰で商談がまとまりました」と一声発すると、相手も「お主できるな」と鷹揚に頷くという次第である。また、従業員を叱責する場合も、人前ではなく個室に呼んで懇々と諭す配慮が大切である。プライドの高いベトナム人に取り公衆の面前で叱責を受けることは、解雇を宣告されるのと同等の精神的な仕打ちとなる。スケープゴートを見立てて面罵することだけは避けていただきたい。

B 機を捉えてベトナム・ベトナム人の素晴らしさを讃える

 ベトナムとベトナム人を讃えて自尊心をくすぐる努力も大切である。ベトナム人が好意を抱いている日本人から、ベトナムは素晴らしい、ベトナム人は優秀だと言われると、実に嬉しそうに反応する。実際に上述の手先の器用さや旺盛な向学心など、ベトナム人は優れた面が沢山有あるので、機を捉えてどんどん褒めるとコミュニケーションが円滑になる。ただし、ヨイショばかりでは間が持たないので、都合の許す限り、ベトナム語とベトナムの歴史を勉強すると効果的である。ベトナム語は声調が6つあり日本人には難度度の高い外国語だが、会話の基礎だけでも勉強すると、ベトナム人との付き合いの幅がぐんと広がる。また、歴史は1945年以降の50年間の主な出来事を理解するだけで充分である。相次ぐ戦争の歴史を理解し、故ホーチミン主席の偉業の一端に触れるだけでも、ベトナム人から一目置いて貰える。

10.ベトナムで事業を成功させる秘訣

 最後に、ベトナムで成功体験を持つ幾人ものビジネスパーソンから伺ったお話を昇華させた秘訣を披露させていただく。ベトナムの事業には「情報」と「情熱」が必要である。

(1) 情報

 ベトナムは徒手空拳で飛び込むにはハードルが高い市場である。テレビや雑誌で紹介されている笑顔だけの国ではない。的確な情報を入手して、的確なボタンを押さないと、事業はスタートの段階で頓挫してしまうリスクがある。情報収集に際しては、複数のソースから情報を仕入れ、クロスチェックすることが大切である。

(2) 情熱

 ベトナムでのビジネスには想像もつかないハプニングが待っているかもしれないが、難局を打開するのは、ベトナムでビジネスを成功させるのだという当事者の熱い情熱である。エピローグとして、ベトナム建国の父、故ホーチミン主席の有名な言葉を引用させて頂く。

Khong co viec gi kho,

難しいことは何もありません

Chi so long khong ben,

ただ挫けることを恐れなさい

Dao nui va lap bien,

山を切り開き海を埋め立てる

Quyet chi at lam nen.

強い意志が必ず実現させます。

(故ホーチミン主席 1890〜1969)

おわりに

 以上、10か条を紹介させていただいたが個人的な体験や主観に基づくだけに、読者の皆様のどこまで参考になるのか心許ない所がある。ベトナム・ファンクラブの一員として、この拙文がベトナムに対する関心の高まりの一助となれば、これに勝る喜びはない。