タイ人気質から学ぶタイ生活のコツ 生ア邦彦 OVTA国際アドバイザー

1. はじめに

 2002年春に、私はJICAのシニア海外ボランティア募集に応募して、約1年間(2003年)タイのある王立大学工学部で研究アドバイザーとして勤務しました。タイの大学に関心をお持ちの方々に、私の勤務経験を述べ、タイの大学の教職員・学生の気質他から、タイでの生活のヒントを得て頂きたいと思います。

2. タイの大学の大まかな説明

 タイの大学の学制に関する詳しい説明はOVTAホームページの「OVTA各国・地域情報データベース」等をお読み下さい。ここでは、本稿の説明に必要な最低限の情報を記します。

 日本の4年制大学に相当するタイの大学は、大学、旧高等専門学校が昇格したラーチャモンコン技術大学、旧教育大学が総合大学化したラーチャパッド地域総合大学の3系統あります。いずれも、制度上は大学院を設置できます。

 タイの大学は2学期制(5月〜9月、11月〜3月)です。長期休みには社会人向けの公開授業が実施されます。

 タイの大学生は3月に卒業時期を迎えますが、王室の関係者(皇太子、王女等)から、一人一人直接、卒業証書を授与されますので、王室の日程にあわせて、大学ごとに卒業式の日程が異なります。従って、卒業生はいったん社会に出てから、後で卒業式に参列して卒業証書を貰います。卒業式が次の年になることがあります。

 タイの大学教官の職位は、日本の大学に対応させると、講師、助教授、準教授、教授の4段階あります。タイの準教授は日本の教授に相当します。タイの大学では教授の肩書きをもつ人は極めて少なく、多くの大学の学長は準教授です。教授になると、定年後も教授の肩書きで大学内に教授室を与えられます。

 女性の教官が多いのもタイの大学の特徴です。工学部でも女性の教官が約半数を占めます。女子学生も30%前後在籍しています。女性の社会進出は日本より進んでいます。

3. タイの大学卒業生はエリート

 日本では大学進学率が1970年代に20パーセントを超えて大衆化しました(2005年度の大学進学率は約45%)。そのためか、大学生がエリートの卵という意識がなくなっています。ところが、タイの大学進学率は10%程度といわれていて、大学卒業生はタイの社会でエリートとして処遇されます。大学生もその認識を持って学び、家族、親戚が学生生活を支援します。

4. タイの大学生気質

 タイの大学生はエリートと述べましたが、授業を受ける態度や、学生生活ぶりを見ると、日本のいまの大学生と余り変ら無い印象です。

 日本の大学生と大きく異なる点をあげると、アルバイトの機会が少ない事でしょう。

 コンビニやスーパーの店員等の仕事を大学生がパートタイムでする機会が少ないのです。まだ、タイでは失業率が高く、学生にパートタイムの仕事が回ってきません。

 タイの大学生は日本の一部の大学生のようにアルバイトに精を出して学業がおろそかになることはありません。勉強する学生は授業をサボることも無く一生懸命勉強します。もちろん、授業をサボって遊ぶ学生もいます。私の勤務した大学では、2割程度の学生が留年している印象を受けました。

 学生達は通学に100CCクラスのバイクを利用します。2、3人乗りのバイクを見かけます。自転車を使う学生は少ないのです。もちろん、高級外車を乗りまわす金持ち学生もいます。

 工学部電気系3年生を対象に品質管理とエレクトロニクス関連の講義をしました。講義を始める前に、学科主任の先生から、必ず出席を取って、途中で試験を実施しなさいと忠告されました。それをしないと講義をサボる学生がたくさん出るというのです。

 電気工学科と通信・エレクトロニクス工学科3年生の学生約120人を対象にした講義でした。日本の大学に負けない設備の整った立派な大講義室を使いました。教務員が講義の開始20分ほど前に来て、クーラーを入れ、パソコン、プロジェクターを準備してくれます。授業が終ると、教務員が後片付けをします。学生達は大講義室内で靴を脱いでいます。素足です。

 私は講義の開始10分前に大講義室に入って学生を待ちます。定刻5分前に来る学生は数名、定刻までに来る学生は10名程度で、30分以内の遅刻で来る学生が大半です。講義が終る頃に来る学生も数名いました。

 前列付近に席を取る学生は講義をよく聞いています。しかし、授業中に、学生からの質問はありません。こちらから、誘い水をかけると質問がでます。結構、恥ずかしがり屋です。

 白紙を回して、名前を書かせて出欠を取りました。講義を始めて30分後に回収します。後で調べると、代筆らしい名前も見られました。

 中間試験と最終試験を実施したところ、たまに講義に出席して試験を受けに来る学生がいました。出席率が80%以下ではテストの成績が良くても不合格にするよと予め公表してあったのですが、試験があると受けてしまうのです。学生らしいですね。出席率の悪い学生すべてが悪い試験の成績を示すわけではありません。注意しないとカンニング行為があります。

 タイの学生達の授業態度は日本の大学生達と同じと思います。

 日本の大学生と大いに異なることがあります。タイの大学生は学生服で通学します。学生服といっても、上が白のシャツで下が黒のバンツ(男子)かスカート(女子)と色が決まっているだけで、スタイルは自由です。ミニスカート、ロングスカート姿の女子大生も見かけます。街中に遊びに行くのも制服姿ですので、大学生はすぐ分かります。大学生のエリート意識の片鱗を見る思いです。

5. 大学生の工場見学に同行して

 タイの大学も3年生の後期に工場見学を実施します。これに同行する機会に恵まれました。

 工場見学に際して、事前に集合時間、訪問先等が記載された日程表が渡され、説明会が開催されます。ドキュメントは完璧です。

 私は、日本人の感覚で、集合時間の20分前に集合場所に行きました。決められた集合時間の5分前までに集まった学生は半数もいません。集合時間を過ぎて、ばらばらと参加者が集まってきます。集合時間を20分過ぎて、引率責任者の学科主任が来ました。参加者名簿を使って点呼を取り、遅刻学生を携帯電話で呼び出します。貸切バスで約1時間遅れの出発です。

 すでに出発が1時間ほど遅れ、それに加えてバスの運転手さんが道を間違え、訪問先に都合2時間遅れで到着する気配です。しかし、訪問前に、近くの繁華街にバスを停めて予定通り昼食を摂りました。バスを降りる前に、昼食を摂ったら急いでバスに戻るようにと引率者は学生達に注意を与えますが、何時までに戻りなさいとは言いません。各自が屋台や食堂に分散して昼食を摂りました。昼食に時間はかかりません。殆どの人は30分ぐらいでバスに戻りました。ところが、数人の学生が戻りません。みんなが待つうちに、約20分後に最後の学生が悪気もなくバスに戻ってきました。遅れてきた学生を誰も怒ったり責めたりしません。訪問先の工場には予定の約3時間遅れで到着しましたが、工場側は快く歓迎してくれました。

 工場見学2日目、出発時間の遅延や途中休憩で、到着予定の10時が11時30分頃になりそうな気配のころ、訪問先から引率者に携帯電話がかかってきました。予定を変更して、昼食を済ませて、午後1時に来てくださいとの電話でした。訪問先が時間にうるさい日系の製造工場だったからかもしれません。

 学生たちの工場見学態度は真剣でした。見学途中での質問はありませんでしたが、見学を終えての質疑応答は活発でした。入社後の処遇に関する質問がメインでした。日系企業では、就職してから日本に行かせて貰えるかが学生達の最大の関心ごとでした。日本に行けることは学生達の夢です。

 重電機(大型変圧器)の製造工場、火力発電所、制御機器の製造工場(日系)でしたので、工場内は全般的に整理整頓がされていました。しかし、整理整頓が行き届いていない場所が随所に見られました。タイでは5S(整理、整頓、清潔、清掃、躾)の定着はいまだしです。

6. 卒業研究中間発表会を聞いて

 タイの工学部の学生は、4年生になると、全員工場実習に出ます。そのため、卒業研究は3年生の後期から始めます。グループ研究です。

 学生実験の設備は整っていますが、先生方の研究のための研究設備は貧弱です。そのため、私の勤務した電気系学科の先生方は理論的な研究が中心です。指導を受ける学生の研究テーマも必然的に理論的な内容になります。中間発表は、研究目的の考察と、過去に発表された関連する研究報告の調査結果が中心です。

 マイクロソフト社の「パワーポイント」を使用して、代表者が見事な発表をしていました。卒業中間報告書も製本されて立派に仕上がっていました。タイの大学生のプレゼンテーション能力は高いと思います。文書作成に凝ります。

7. タイで暮らして感じたこと

 タイでは公共機関で働く職員でも公私の区別をつける意識が薄い印象です。たとえば、下校時頃に郵便局に行きますと、郵便局職員の子供と思われる子供達が、親の勤める職場に来て遊んでいます。夏休みには、大学の教職員の子供達が親の執務室や、コンピュータ室に来て一日中遊んでいます。

 大きなデパートやスーパーで、勤務しながら、売り子さんが食事をしているのを見かけます。

 市場でも、食事を取りながらお客さんに対応したり、暇な時間に寝ていたりする売り子さんを見かけます。

 このように、タイ人は本当に大らかです。食事をしながら顧客対応されても、寝ている売り子を起こして商品を買うときでも、お客さんは決して腹を立てません。

 日本製品が模倣品を含めてタイで氾濫しています。タイ語化した日本のテレビ番組が放送されます。日本の漫画本もタイ語化して売られています。日本の人気歌手もタイで大人気です。

8. おわりに

 タイで暮らして、戸惑う場面に遭遇することがたくさんありました。よしにつけあしにつけ、少しずつ、これからタイも変っていくでしょう。日本が過去に変ったように。

 タイ人は時間にルーズだとか、仕事が雑で責任感を持たないという人がいます。確かに、現状、そのような人が多いのです。しかし、約束時間を厳守する人、責任感の強い人もいます。一般的に、日本人は違う価値観を持つ人の行動に厳しい反面、タイ人は違う価値観を持つ人の行動を許す度量を持つようです。

 女性の社会進出は日本よりタイの方が進んでいます。家族の支援や、安い賃金でお手伝いさんが雇える等のおかげと思いますが、タイでは女性が男性以上に活躍しています。

 日本人の考え方をタイ人に押し付けるのではなく、タイから学ぶべきことは学び、タイに学んで貰うべきことは、理解して貰えるように丁寧に説明して、クロスカルチャーギャップを乗り越えていく必要性を感じたタイの生活でした。

「行ア邦彦」:(244_9_01.png)

「卒業式の後で喜びを分かち合う親子」:(244_9_2.png)

「講義棟の前に整然と並ぶバイク」:(244_9_3.png)